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札幌高等裁判所 昭和43年(行ス)2号 決定 1969年1月20日

抗告人 夕張公共職業安定所長

相手方 松橋孝一

主文

原決定を取消す。

相手方の本件執行停止申立を却下する。

本件申立費用および抗告費用は相手方の負担とする。

理由

抗告人代理人らは主文同旨の裁判を求め、その理由とするところは別紙「抗告の理由」に記載のとおりである。

(当裁判所の判断)

相手方は従来抗告人から緊急失業対策法第一〇条第二項の要件を備えた者として夕張公共職業安定所における失業対策事業(以下失対事業という)紹介対象者として取扱われてきたものであるところ、抗告人は昭和四三年六月五日「同月七日以降相手方を右紹介対象者から除外し、失対事業への紹介を停止する」旨の決定(以下除外決定という)をし同日付書面で相手方にその旨通知したこと、相手方はこれを不服として抗告人を被告として昭和四三年七月一六日右決定の取消を求める訴を原裁判所に提起し、これが現に原裁判所に係属していることは記録上明らかである。

そこで先づ右除外決定が行政訴訟の対象となる行政処分に該当するか否か、これに該当するとしてさらに執行停止の対象となるか否かの点について、当裁判所はいずれもこれを積極に解するを相当とし、その理由は原決定九枚目裏四行目より一一枚目表八行目までに説示するところと同様であるからこれを引用する(但し一〇枚目裏七行目中「最後の」を除く)。

よつて次に相手方につき、右決定の執行により生ずる行政事件訴訟法第二五条第二項所定の「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に該当するか否かの点について判断する。

相手方は此の点につき失対事業への就労によつてその家計を維持している中高年令失業者であつて、七一才の母親を扶養しており、右除外決定によつて完全な失業状態となり、本案判決の確定をまつていては回復し難い損害を生ずる旨主張する。

よつて按ずるに疎甲第一〇号証、疎乙第二ないし五号証、同第一七号証および同第二四号証によれば、抗告人が除外決定前の三ケ月間(昭和四三年三月一日より同年五月末日まで)の失対事業への就労日は一ケ月平均二三日で、その賃金は一ケ月平均金一九、三〇〇円であり、満七二才の母親と同居して家計を共にしているところ、同年七月一日から生活保護法の適用を受け、月額金一五、二六〇円の生活扶助を受けるに至り、さらに相手方の属する全日本自由労働組合夕張支部の組合員たる失対事業就労者約四四〇名から、各自月額四四円約合計金一九、三六〇円の生活救援金を受けていること(疎乙第一七号証中の組合活動犠牲者救援規則一条、三条、四条四項、七条四項(三)、同条三項(一))此の救援金は支給されることが確実で且つ継続性があり(同規則七条三項(一)但書)原則として返還義務がない(同規則二三条)また抗告人は右労働組合夕張支部の執行委員であり且つ同支部若菜分会長として相当額の役員給与を得ていること(全日本自由労働組合規約一二六条、九三条)が疎明される。

また、緊急失業対策法による職業紹介は、職業安定法による一般の職業紹介とは異るものであり、職業安定所長としては前者による失対事業就労適格者と認定した者について紹介対象者から除外することとしても、後者による職業紹介の対象者から除外することとはならず両者の関係は全く別個であるこというまでもない。従つて本件において相手方(疎乙第二号証によれば相手方は満四六才の男子である)は前者につき除外決定を受けても、後者に基く職業紹介の機会を奪われることとはならず、これによつて就職し収入を図る途は十分にあるわけである。疎乙第六号証によつても抗告人は除外決定の後に相手方に対し後者に基く職業紹介をしている事実が疎明される。

右疎明事実からすれば相手方の現在の収入は、除外決定を受けた当時の収入に匹敵するかまたはそれ以上のものであつて、此の点から除外決定の執行を停止しなければ相手方がその生活を維持できない程経済的に差し迫つた状態にあるものとは認められず、そのほか除外決定の執行により相手方につき回復困難な損害の発生を避けるためこれを停止すべき緊急の必要があることについては他に特段の主張および疎明がない。

そうすれば相手方の本件執行停止の申立は、その余の点について判断するまでもなく、理由のないことが明らかであつて、これを認容した原判決は失当である。

よつて原決定を取消し、本件申立を却下すべく、申立費用および抗告費用は相手方に負担させることとし主文のとおり決定する。

(裁判官 原田一隆 辻三雄 三宅弘人)

(別紙)

抗告の理由

一 相手方の本件執行停止の申立は、本案について理由がなく、また執行停止の必要性も認められないから、すべて失当として却下されるべきであるが、この点についての抗告人の主張は、別紙意見書中「意見の理由」において述べたところと同一であるから、ここにこれを援用する外、以下に補足する。

二 原決定の不当性

(一) 本件紹介対象者除外は執行停止の対象とならない。しかるに、原決定が、右紹介対象者除外の実質は安定所長が特定の者を緊急失業対策法(以下単に失対法という)第一〇条二項の規定する失業者就労事業(以下単に失対事業という)への紹介適格性を欠くものと認定してなす紹介拒否処分であり、これは被除外者たる失業者が最終の就労の場である失対事業へ就労する機会を否定するもので、重大な不利益を蒙らせるものであること明らかであるから行政事件訴訟法第三条二項の「公権力の行使に当る行為」と解すべきであると判示した。しかしながら右判示は失対事業への紹介(拒否)の性質を見誤るもので不当なものである。すなわち、失対事業への紹介も安定所のなす一般の職業紹介と同様「就労の機会の供与」というサービス行政であつてあつ旋という非権力的事実行為にすぎない。法が認めた優越的な地位に基づき行政庁が法の執行としてする権力的意思活動ではない。けだし、失対法一〇条一項、二項の規定も失対事業の制度目的からこれに紹介され雇用されるべき者の範囲を制約したにとどまり、他に失対事業の紹介を一般の職業紹介と別異に解する根拠となる規定も見当らないのである。しかも、安定所長が諸般の事情(勿論失対法一〇条二項の要件も含む)を綜合してする紹介適格の判断ないし紹介は優れて技術的専門的でかつ裁量的なものである。また失業者は元来安定所を利用して「就労の機会」を得ることができるだけで、それ以上に自己の希望する就職ないし就労紹介を請求しうる具体的権利を有するものではない。安定所は失業者の希望にかかわらず適格性がないと判断されれば紹介を拒否すべきものなのである(適格者紹介の原則)。そうとすれば、失業者が紹介対象者として失対事業に紹介されることは、法律的な利益でなく単に反射的利益にすぎないというべきで、失対事業への適格性を欠くと判断される場合に失対事業への就労紹介を拒否しても失業者の法律上の地位には何ら影響を及ぼすものでなく、抗告訴訟の対象とはならないものである。従つて執行停止の申立対象となるものでもない。

(二) 仮りに、右紹介対象者除外が抗告訴訟の対象となるとしても、従つて当然執行停止の申立の対象となると速断はできない。しかるに原決定は執行停止の申立の趣旨、目的から抗告訴訟の対象とはなり得ても執行停止の申立の対象とはなり得ないもののあることを看過している。すなわち、抗告訴訟は、行政処分による個人の権利利益の侵害に対する救済の制度であるが、行政処分の執行不停止の原則を貫くことにより、勝訴者に生ずるであろう酷な結果を防止する(行政事件訴訟法第二五条二項)のが執行停止制度の趣旨、目的である。従つて行政処分が直接作為不作為を命じ又は現在の法律状態に変更をきたすような積極的効果を生ぜしめるものであるときは、これに対する執行停止の申立を許す必要が生ずるであろうが、行政処分が何らかかる積極的意味を持つものでなく、単に消極的な効果を有するに止るときは執行停止は許されないものと解すべきである。これを右紹介対象者除外の停止について考えてみるに、紹介対象者除外は被除外者である相手方の失対事業への就労紹介の申込に対し適格性を欠くとして日々これを紹介しないという拒否処分であつてなんら相手方の現在の法律関係に積極的効果を生ぜしめるものではない。たとえ紹介対象者として従来失対事業への就労紹介を受けていたとしても、それは日々適格性があるとして紹介されていただけのことで、継続的雇用関係の解雇のごとき場合とは異なり現在の法律関係に変更を生ぜしめたとみるべきものではない。また、前記のとおり、行政処分の執行停止は勝訴者に行政処分の執行停止の原則により酷な結果となるのを防止せんとするものであるから、ただその行政処分がなされなかつたと同様の状態におけば足り、行政庁に積極的な処分を命ずるものではない。そうすると、紹介対象者除外の執行を停止してみたところで抗告人が失対事業に紹介をなすべき義務を負担するに至るものではなく、況んや、安定所の紹介なしで失対事業に就労しうるという状態をつくり出すことにもならない。従つて、右紹介対象者除外を停止してみても相手方にとつてなんら実質的意味を有しないといわなければならない。

(三) 相手方には、回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性がない。

1 原決定は、相手方が現在生活保護法の適用を受け、生活扶助として月額一万五、二六〇円を支給されていても、右金額では母と相手方の生活を維持するのに不十分であるとしている。しかしながら、生活保護法による生活扶助は、国が生活に困窮する国民に対しその困窮の程度に応じ、健康で文化的な最低限度の生活を維持させるため(同法一条、三条)、実情に応じた基準のもとに支給されているものであるから(同法八条、九条)、何等の反対疎明もなしに相手方に支給されている前記金額がその生活を維持するのに不十分だと速断することはできないし、ましてや相手方の生活の実情を把握せずに右金額と相手方が従前失対事業で得ていた賃金との単純な比較から、生活維持に不十分だという結論を導きだすことも早計である。

2 また、相手方は右生活扶助の他に、全日自労夕張支部組織部長兼若菜分会長として、相当額の役員給与を得ているものと推認され(疎乙第一七号証、全日自労規約一二六条、九三条)、更に本件除外により、相手方は全日自労が組合活動として全国的に執つている後記失対流入闘争の犠牲者になつたとされて、全日自労から従前の失対賃金相当額を救援支給されており(同号証、組合活動犠牲者救援規則一条、三条、四条四項、七条四項(三)、同条三項(一))、しかもこの救援金は支給されることが確実で、継続性があり(同規則七条三項(一)但書)、原則として返還義務がない(同規則二三条参照)のである。

本件除外後における相手方の右のような実情からみれば、相手方に回復の困難な損害を避けるための緊急の必要があるとは到底解されないし、これに加えて、原決定(一一丁裏)も一応肯認しているように、相手方は組合員の醸出にかかる生活資金の援助さえも受けているのであるから、尚更右緊急の必要性がないものといわねばならない(疎乙第一号証大阪高裁決定、同第一八号証の一、二)。この点に関し原決定は、相手方が唯一の収入の道を断たれ、完全な失業状態となつたとしているが、これは相手方に対する本件除外の結果、失対事業の就労により生活を維持していた常態が崩れたと速断し、このことだけを捉えて性急に判断したもので、事実誤認に基づく理由の不備なものというべきである。

3 なお、原決定(一二丁表)は、相手方が本件除外前に失対事業以外の事業に就労していないこと、本件除外後の相手方に対する民間事業紹介が不成功に終つていることを認定して、常用雇傭ないし失対事業以外の民間、公共各事業の日雇への就労の確実性、継続性に疑念を呈しているが、右の事実認定も結果だけを捉えた皮相的認定である。何となれば、全日自労は後記のとおり激しい失対流入闘争を展開し、組合員殊に組合役員が失対事業以外の事業へ就労したり常用雇傭に就くことによつて、組織の拡大が鈍り、弱体化することを危惧し、安定所から紹介された事業所に対して故意に被紹介者の就職を妨げる戦術をとり、被紹介者の悪性を事業所に告げ、或いは被紹介者自から事業所に不当な労働条件を呈示させたりして、事業所側に被紹介者の採用を断念させるよう仕向けていた。本件の相手方の場合も同様であつて、失対事業以外の事業に就労する意思は当初からなく、本件除外後に安定所から紹介された事業所への就労も嫌忌したため、安定所の紹介は徒労に終つた(乙第六、七、一九乃至二二号証)。従つて、相手方の就労が不成功に終つたのは、相手方の就労嫌忌ないし就労妨害によるものであり、相手方が斯様な挙措に出なければ、安定所の行なう紹介が確実であり且つ継続性のあること明らかであつて、失対事業以外の事業所への就労は可能な状況にあるということができるから、本件執行停止の必要性を否定する事情となるといわねばならない。

(四) 本件紹介対象者除外は、何ら違法でなく、したがつて本案について理由がないこと明らかである。

1 抗告人が相手方に対する本件除外をなしたのは、相手方の長期間、長時間にわたる安定所に対する執拗かつ威迫的陳情(全日自労はこれを団体交渉と称しているが、後述のとおり、安定所は団体交渉の当事者にあたらない。)及び安定所職員に対する暴行ないし安定所の施設に対する損壊行為を加えたことにより、同所の業務に重大な支障を与え、失対事業の適正な管理運営が阻害されたこと等からみて、相手方は失対事業に就労する適格者でないと判断されたからである。

このことは、およそ失業者となつて真摯な求職意思を持ち求職活動をする者、就中失対法一〇条二項にいう「引続き誠実かつ熱心に求職活動をしているもの」であれば、安定所が公共の唯一の職業紹介機関であることから、安定所の機能を正常に利用するという信頼関係を維持しつつ、求職者にとつての最適職をより早く斡旋紹介するよう切実に希求する筈であつて、安定所の業務、管理運営を継続的、反覆的に阻害するような行動に出るとは到底考えられないことからも、肯ずけるであろう。しかるに、本件除外に至るまで相手方のとつた一連の行動は、安定所の機能を妨害する嫌がらせであり、刑事犯としての評価からすれば比較的軽度の違法行為とみる余地があるとしても、その継続性、反覆性殊に職業斡旋紹介機関として正常な機能維持に誠実に努めている安定所職員及び施設等に対する威迫、暴行等にまで及ぶに至つては、安定所と求職者間に存する前記信頼関係を著しく破壊したといわねばならず、失対法一〇条二項の「引き続き誠実かつ熱心な求職活動」という要件に悖る著しく高度の違法行為として評価されること、当然といわねばならない。

2 原決定(一三丁裏乃至一四丁表)は、本件除外の根拠となつた相手方の一連の違法行為を認定しながら、その認定が疎明資料殊に抗告人から提出された資料による一応の認定に過ぎないから、本案訴訟の証拠調で別異の事実認定がなされる可能性があり、結局いまだ本案について理由がないとみえるとは速断し難いとしている。

しかして行政訴訟における執行停止は、違法な行政処分の効力、処分の執行力、処分に続く手続の続行性を回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある場合に限り停止するもので、その裁判形式は疎明に基づく決定である(行訴法二五条)。ところでこの執行停止決定は、一時的にもせよ公定力ある行政処分の効力等を停止させるものであるから、行政秩序における法的安定性に影響するところが大きく、そのため本案について理由がないとみえるときは、停止決定をすることができないのである(同条三項)。そこで、右の「本案について理由がないとみえるとき」という消極的要件の前提となる事実の認定をする場合の資料を、疎明、証明いずれによるべきかが問題となるところ、前記のとおり執行停止の裁判形式は疎明に基づく口頭弁論を経ることを要しない決定であることからみれば、緊急の必要性という積極的要件を認定する場合と同じく、消極的要件の前提事実の認定も疎明によると解されるのである。このように疎明によることは、違法な行政処分から生ずる損害を暫定的、迅速的に防止するという執行停止制度の趣旨に合致することはもとより、本来適法な行政処分の効力等を暫定的にしろ停止されることによつて、法的安定性をそこなうことを避ける場合にも適合するもので、衡平の理念にも合するのである。そうすると、消極的要件の前提事実の存否の認定は、疎明資料により暫定的に確定されるべきものであり、本案の証拠調により異なる事実が認定される可能性云々という原決定の判断は、法律の解釈を誤つた不当なものといわざるを得ない。

もとより消極的要件の認定は慎重になされるべきであるが、右のような原決定の解釈を正当なものとすれば、執行停止申請をして前述の積極的要件が認められる限り、すべからく停止決定がなされる結果となり、斯くては如何に適法な行政処分でありかつ適法性の疎明に必要十分な資料が提出されたとしても「本案審理によらなければ遽かに判断し難い」との理由で、行政庁側の努力を徒労に帰せしめ、ひいては適法な行政処分により保たれる法的安定性を害することとなるのである。

3 ところで、安定所に対する長期にわたる陳情は、いわゆる失対流入闘争(全日自労は求職闘争と称している)の一環としてなされたものである。失対流入闘争とは昭和三八年の失対法及び職業安定法の改正(「中高年令失業者に対する就職促進の措置」が設けられた)により就職促進の実が挙つたことにより新らたに失対事業に就労してくる者の数が激減するとともに、すでに失対事業に就労していた者が多数常用雇用の職場へ就職したため、失対事業就労者数の減少が著しくなり、全日自労の組合員数の減少となつた。そこで、全日自労は組織拡大(闘争)のための方法の一つとして中小企業の低賃金所得者、行商人、家庭の主婦等に失対就労を呼びかけ(掘おこしと称している)民間の就労について紹介されにくい求職条件、身体条件を強調するよう指導して無理に失対事業への就労紹介を余儀なくさせ、これを全日自労に加入させんとするものである。そこで、これら全日自労の掘おこした者に対する就職促進の措置を早く受け終らせる必要が生じ、これらの者に対する就職促進の措置の認定を安定所にせまつて集団陳情活動を行なうのである。しかしながら、失対事業の制度の趣旨、目的は失業者に対し恒久的な就業の場を保障したものでなく、他に就業の機会のない失業者に対してその生活を支え、その労働力を保全するためとりあえず国又は地方公共団体が公費の負担で特別に事業を実施し、その失業者が他の職場に就くまでの一時的な就業の場を民間公共事業等にはたらく機会をえられない日々に与えんがためのものである。したがつて、民間企業の就職を放棄して失対事業に就労せんとしたり、民間企業に真に就職する意思のない家庭の主婦がパートタイマーとして働く場ではないのである。しかしながら安定所としては、多数の求職者に対して常用雇用に就かせるべく就職促進指導官の配置を増員して対処しているところである。しかるに相手方は全日自労夕張支部組織部長兼若菜分会長として安定所の説明には耳をかさず執拗にかつ威迫的陳情活動を指導し、安定所の業務に支障を与えているものである。しかも、相手方の陳情態度はいつも暴言をはき、威迫的であつた。しかしながらこれら失対事業に就労する失業者に接する安定所職員の心構として常に親切公正に対処する様心掛け、いやしくも軽侮したり蔑視したりするような事のないよう言葉の一言にも注意を払いサービス行政の本旨に則り対処するようかねて安定所長は職員の研修に努め、この精神を全職員に徹底的に認識させるため業間訓練の重要な項目としているところである。しかも暴行を受けた安定所職員らは極めて円満な人格者でその接遇態度も右精神に沿うものであつた。(疎乙第七乃至九、一四、一五、二二号証参照)

4 全日自労は、前記の失対流入闘争の一環として団体交渉と称し、各地で安定所に大挙して押しかけ、所長、職員との集団交渉を要求し、夕張市においても相手方の率先指導、参加のもとに、このような状態が続いていた。

このように、全日自労は安定所長に対し団体交渉権を有するとして集団による面会を強請するのであるが、安定所は職業紹介機関であつて、通常一般の労使関係にみられるような使用者側の立場に立つものではないから、団体交渉における当事者となり得ないし、また失対事業に就労し又は就労しようとする自由労務者が組合を結成しても、その組合は安定所に対する団体交渉権をもつとはいえない(最高判昭和三二年二月五日刑集一一巻二号四八三頁、名古屋高判昭和三五年五月一九日高刑集一三巻六号四三五頁等)。したがつて、全日自労のいう団体交渉なるものは、集団による陳情と解されるのであるが、陳情は国民が公の機関に対して特定事項に関する実情を訴え要望することであり、すべて平穏かつ秩序ある方法で行なわれるべきものである。

しかるに、相手方の率先指導により行なわれた抗告人に対する集団陳情は、その規模、態様、回数においてみられるとおり執拗、ひんぱんな威迫的陳情であり、失対業務、日雇業務、その他一般の求人、求職等の業務を行なう安定所の機能を著しく阻害するものであつた。(前掲各疎明参照)

5 公共の唯一の職業紹介機関である安定所が、限定された一部の団体等によつて、右のような状態を余儀なくされることは、公共に奉仕する機関として一日たりとも放置し得ないところであり、このような状態を惹起させるより顕著な違法行為をした相手方を、誠実かつ熱心に求職活動をしていないと認めて抗告人のなした本件除外は適法であり、仮に相手方の違法行為からみれば誠実かつ熱心に求職活動をしていないとはいえないと解する余地があるとしても、失対事業の適切な管理運営を図るため、相手方を裁量的に紹介対象者から除外することは条理上相当でなんら違法ではないというべきである。

三 以上いずれの点からみても、相手方の本件執行停止申請は理由がなく、これを認容した原決定は失当であるから取消を免れない。

よつて、再度の判断を求めるべく本件抗告に及ぶ次第である。

なお、抗告人の別紙意見書中「意見の理由」は原決定の理由欄第二記載のとおりであるから、これを引用する。

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